大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

甲府地方裁判所 昭和45年(わ)57号 判決

被告人 日原亨 外三名

主文

一、被告人日原亨を懲役一年に、その余の被告人らを各懲役一〇月に処する。

二、被告人らに対し、この裁判確定の日から三年間、それぞれ右刑の執行を猶予する。

三、被告人日原亨を右執行猶予の期間中保護観察に付する。

四、訴訟費用は全部被告人らの連帯負担とする。

五、本件公訴事実中、「被告人らは、金子嘉孝、伊藤幸義ほか数名とともに、昭和四五年二月二三日午後七時ころから九時ころまでの間、被告人依田正次の肩書住居において、花札を使用し、金銭を賭け、俗に「アトサキ」と称する賭博をした」という点については、被告人らはいずれも無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人らは、

第一、昭和四五年二月二三日午後九時ころ、山梨県塩山市熊野一、一八三番地被告人依田正次方において、金子嘉孝ほか数名とともに、花札を使用し、金銭を賭け、俗に「アトサキ」および「コイコイ」と称する賭博をしているうち、右金子嘉孝が隠し鏡を用い、通称「オカル」という「いかさま賭博」をしていることを発見してこれに憤慨し、ほか数名と共謀のうえ、即時同所において、同人に対し、こもごも手拳でその頭部、顔面等を殴打足蹴にする暴行を加え、よつて、同人に対し、全治まで二週間の加療を要する右眼球眼瞼結膜下出血等の傷害を与えた

第二、金子嘉孝が、前記第一記載のとおり被告人らから殴打足蹴にされ、また、その後も前記被告人依田正次方において、被告人らからこもごも「のぶい奴だから大菩薩にうめてしまえ」などと怒鳴りつけられ、さらに、同月二四日午前一時ころ、同所において、賭博にかけては被告人らの先輩格である里吉一夫および清水好三から手拳でその顔面等を殴打足蹴にされるなどしたため、被告人らに対し強く畏怖していることに乗じ、右金子嘉孝から金員を喝取しようと企て、伊藤幸義ほか数名と共謀のうえ、同月二四日午前一時ころ同所において、右金子嘉孝に対し、こもごも「家から金を持つて来い」「使いの者に金を渡せという手紙を女房宛に書け」などと申し向けて金員を要求し、もし右要求に応じないときは、更に殴打足蹴等の暴行を加えかねない態度を示して脅迫し、同人をしてその旨畏怖させ、よつて同人をして「この手紙を持つた使いの者に金を渡せ」と記載した手紙をしたためさせ、これをそのころ同県東八代郡石和町小石和三〇八番地金子嘉孝方において、同人の妻金子たね子に届けたうえ、情を知らない同女から金員の交付を受けてこれを喝取しようとしたが、共犯者の一人伊藤幸義が右金子嘉孝から預りその手中に保管していた賭金二〇万円を、あたかも同人妻金子たね子から交付を受けた金員の如く装つて被告人らに手交し、その場をつくろつたため、金員喝取の目的を遂げなかつた

ものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人らの所為中、判示第一の行為は刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号、刑法六〇条に、判示第二の行為は同法二四九条一項、二五〇条、六〇条にそれぞれ該当するから、判示第一の罪については所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上の罪は同法四五条、前段の併合罪であるから、同法四七条、一〇条によりいずれも犯情重いと認める判示第一の罪の刑に併合罪の加重をした刑期範囲内で量刑し、被告人日原を懲役一年に、その余の被告人らを各懲役一〇月にそれぞれ処し、情状により、同法二五条一項、二項を適用して、被告人らに対し、その裁判確定の日から三年間それぞれその刑の執行を猶予し、被告人日原に対しては再度の執行猶予であるから、同法二五条の二第一項後段により右執行猶予の期間中同被告人を保護観察に付し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条によりこれを全部被告人らに連帯して負担させることとする。

(一部無罪)

前記挙示の証拠によると、被告人らが、主文五項記載の日時場所において、同記載のように、花札を使用し、俗に「アトサキ」と称する賭博行為をしたことは認められるが、その賭博における勝敗は、金子嘉孝が隠し鏡を使用してこれを左右していたことが明らかであるから、勝敗が偶然性にかかつていたものとはいえず、被告人らに賭博罪は成立しない。よつて、この点については、刑事訴訟法三三六条により、被告人らに対し無罪の言渡をなすべきである。

(弁護人の主張に対する判断)

一、公訴権濫用の主張について

被告人米倉の弁護人内藤亥十二は、被告人ら四名をはじめ賭博に関係した者は殆んど起訴されているのに、賭博に関係し、かつ恐喝の共犯者でもある伊藤幸義を起訴していないのは公平を欠き、これは検察官が被告人らに対し公訴権を濫用したもので、本件公訴は無効であると主張するが、前記挙示の証拠によると、伊藤幸義に対しては、本件起訴のころ、別に東京地方裁判所に別件の起訴がなされていること、右伊藤は判示第一の傷害事件には加担していないことなどが認められるので、同人に対する不起訴処分が公平性ないし妥当性を欠くものとはいえない。また、同弁護人も主張するように、本件では、大部分の者が起訴されており、被告人らのみ起訴されたという案件でもない。このようにみてくると、被告人らに対する本件起訴をもつて公訴権の濫用なりとする右弁護人の主張を採用することはできない。

二、期待可能性の主張について

前記内藤弁護人は、被告人らが判示第一の傷害行為をしたことは明らかであるが、これは被害者金子の「いかさま賭博」という不正行為に対する突発的あるいは衝動的犯行であり、被告人らの代りに社会的平均人を置き替えても、金子の不正に憤慨し、被告人らと同一の行動に出でないことを期待し得ないから、判示第一については期待可能性がないと主張し、被告人依田の弁護人青柳孝夫は、同様の理由により、判示第一については期待可能性がないとする余地があると主張する。しかし、前記証拠によると、本件賭博仲間の中には金子に暴行しなかつた者もあり、被告人らの中にも「警察に突き出そうではないか」といつて法令に則した解決を提案した者さえある程で、被告人らに、判示第一の如き行為に出でないことを期待することはけつして無理を強いるものではない。したがつて、右弁護人らの主張を採用することはできない。

三、過剰緊急避難の主張について

被告人日原、同猪岡の弁護人古明地為重は、被告人らの判示第一の行為は、被告人らが金子の「いかさま賭博」によつて巻き上げられた金を合法的に取り戻すことはできないものと思い込み、現場で取り戻すより外に手段はないものと考え、一斉に実力行使に出た結果、被害者金子が負傷したものであり、被告人らの行為は刑法上過剰緊急避難に該当すると主張する。しかし、前記証拠を仔細に検討しても、被告人らの判示第一の暴行を「自己または他人の財産に対する現在の危難を避くるため、やむことを得ざるに出でた行為」とは到底みることができず、同弁護人の主張はこの前提を欠き採用することができない。

四、権利行為または自救行為の主張について

判示第二の行為について、前記古明地弁護人は、被告人らが詐欺賭博にかかつた被害金を取り戻すための権利行為であると主張し、前記内藤弁護人は、自救行為であると主張するが、本件公訴事実中、賭博の点が詐欺賭博であるため無罪となつたとはいえ、被告人ら自身金子らと賭博契約をしたもので、その行為は醜悪であり、刑法上の賭博罪が成立すると否とにかかわらず、公序良俗に反する無効な行為というべきである。そして、被告人らと金子間に行なわれた賭金の授受は、右公序良俗に反する賭博契約の結果なされたものであつて、それは不法の原因のための給付というべきであり、その不法性は給付者および受領者の双方にあり、給付者たる被告人らから受領者たる金子に対し、賭金の返還を請求する権利はないものというべく(民法七〇八条)権利行為もしくは自救行為の生れる余地はないから、右弁護人らの主張もまた採ることができない。

もつとも、判示第二の行為は、検察官の見解のように恐喝の既遂をもつて論ずべきではなく、判示のように、恐喝の手段と金員交付との間に因果関係が認められないから、恐喝未遂罪にとどまるものというべきである。

よつて、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例